読書とか日記

読んだ/見たときの感想と日常です。

ハイパーインフレーション

ちょっと前に読んだんですけどすごく面白かった。かなりぶっとんでいるようですごく理論的。
貨幣経済の基本や場面ごとの取引のルールを読者にわかりやすく説明できるのとても頭が良いし、それと同時にギャグが強い。ギャグっていうのは読むひとのリズムを乱して不意をつかないといけないからセンスと瞬発力が必須だと思うのだけど、クレバーな理論とセンス&力技のギャグが同時に操れるのどういうこと???
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスも画面の強さやギャグと細やかな真面目さが同時に存在していて意味わからんと思ったら監督が二人組だったのでなんとか納得したんですけどこの漫画の作者はひとりですよね?

主人公が異能を発揮するとき「エッチな絵面」になるの完全にギャグだと思って読んだんですが、そのギャグを成立させるために一年ほどかけた準備の間にわざわざ画風を獲得してるんですよね。連載をつかんだ賞のプロト版を見た限りではそれまでは「エッチな絵が描きたい」と志向して研鑽を積んでたひとの絵ではないので。しかしそれが描けるかどうかで面白さが絶対違うのでその準備と努力はものすごく正しい。

物語の組み立てもものすごく戦略的。例えば、心躍るような頭脳戦を描きつつ「そんなにいつもいつもうまくいくかなー」というツッコミを、頭の悪いやつの動きが読めないというエピソードでちゃんと無効化してくる。その頭の悪い誘拐犯たちが殺されて物語から排除されるくだりも手短に入れてあって「あの犯人たちがまた出てきて話をひっくり返すのでは?」という間違った読みを起こさせない。間違った期待は物語への失望を生むことがあるけどそれをさせない。そして、同じことを2回やっても面白くないから別のキャラクターで頭の悪いやつが出てくるくだりは必要ないと読者自身が感じてそれ以外全部頭脳戦になっても納得してしまうのである!
誘拐犯たちを殺すキャラの選定もすごくうまい。まず誘拐された娘の父親だから犯人に対して心が広いはずがないし。娘は無事なので復讐というほどの正当性はないんだけど、奴隷から苦労して身を立てたひとが、自分の民族のために罪は自覚しつつ実行する殺人なので「なんで?!」とは感じさせない選択になっているうえに、この人物はその後理想のために自分を犠牲にして死んでしまうので物語内で償いも完了する。主人公側の人物だけど完全に主張を同じくする人ではないから主人公たちには誘拐犯たちの死の責任はない。
何から何まで読者のストレスを残さない完璧な采配で本当に漫画がうまい。それ以外でも各エピソード意表をつきながら納得させる流れが本当に鮮やか。

三つ巴の頭脳戦でそれぞれのキャラクターを魅力的に描いて、「Win Win Win」という当初からのテーマを守りつつ、漫画のカタルシスとして必要な「主人公の勝利」のために別途「負ける悪役」を配置するところもうまい。この負け役はわざとらしくない程度ぎりぎり終盤に出てきて読者の共感を呼ぶような言動をいっさいしない。幼稚園児でもわかるような人種差別主義者で嫌なヤツなのである。でもチンケ過ぎないようにそれなりに危険な敵役で、絶対こいつはやり込められるなと予測しつつそれを楽しみにできるように描写されている。

最低なやつだけどどうしようもなく魅力的、という人気キャラクターにも、ちょうどいいくらいのペナルティがくだって物語の落ちになっているし。

本当に全体に構成が見事でスピード感があってそれだけで感心するくらいなんですけど、この漫画がすごいのは、すごいだけじゃなくて面白いんですよ。おー、これはすごいなとあっけにとられつつとにかく読んでてずっと面白い。ものすごく頭がいい話なのに敷居が高くなくて馬鹿みたいに笑えて、まぎれもなく天才の所業。

6巻で完結なのでまだ読んでないひとにも勧めやすいですね、読もう!